亡国の王女‐白薔薇の黎明‐

Novel

封印の血脈

封印の血脈

夜の底で、誰かが名を呼んでいた。
それは風の声か、それとも――神が最後に残した警告だったのか。

遠い昔、この世界は神の手によって形づくられた。
だが、人は与えられた世界に飽き、ついには神の奇跡を己の手で再現しようとした。

大地は裂け、天は悲鳴を上げ、炎は黒く濁った。
人はそれを「奇跡」と呼んだが、神々にはそれが “ 冒涜 ” に見えた。

そして、生まれてしまったのだ――《黒き巨獣バル=ヴァルド》。
炎を喰らい、影を孕み、その咆哮は雷鳴を呼び、大地を死の黒に沈めた。
神は顔を背け、人は膝を折り、世界は初めて “ 恐怖 ” という名の祈りを知った。

その怪物を封じるために選ばれたのは、ひとつの血脈 ―― “ 契約の王 ” ――。
神と交わした最後の約束を背負う者たち。
彼らは自らの血を鎖とし、封印を守るための王国を築いた。
その地はレヴァリアと呼ばれる。

だが、千年という時は、信仰さえ風化させる。
祈りは口伝となり、やがて子守唄に変わった。
人は再び、恐怖を忘れた。

そして、鉄と蒸気が唸る時代――帝国ガルドが禁断の地を掘り起こした夜。
封印の石が、音もなく砕けた。

大地は震え、黒い翼が月を覆う。
長い眠りを破った災厄が、再び世界に牙を剥く。

その夜から、すべては静かに崩れ始めた。
レヴァリアという王国も、人々の祈りも。

そして、滅びの歩みは、まだ誰にも気づかれていなかった。

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